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2-6 戸惑い 3

last update Last Updated: 2025-04-08 09:55:17

「あの……」

千尋が近づいて声をかけると青年は弾かれたように振り返り、目を大きく見開いた。

自分を見た時の男の表情の変化に気付きながらも千尋は話しかけた。

「ひょっとしてこのお店で働く原さんのお友達ですか? もうすぐ原さん、出てくると思いますけど、呼んできましょうか?」

青年は黙って千尋を見つめていたが、やがて徐々にその顔には笑みが浮かんできた。

「あの、どうされましたか?」

「会えた……」

青年の口が開いた。

「え?」

「やっと、君に会うことができた。……千尋」

まるで子供のように、ニッコリ笑う。

「どう……して私の名前を知ってるんですか?」

「僕の名前は渚……間宮渚」

「間宮……渚……?」

千尋は名前を口にして渚の顔を見上げた——

****

「ほら! 先輩、しっかり歩いてくださいよ!」

里中はすっかり酔い潰れてしまった近藤に肩を貸して夜の街を歩いていた。

「う~ん……もう飲めない……」

むにゃむにゃと呟き、殆ど眠っている状態の成人男性に肩を貸すのは容易ではない。

「全く! たかだかあの程度の酒で酔うなんて信じられないぜ」

ぶちぶちと文句を言う里中。

結局あの後ビールで気分が良くなったのか、里中が止めるのも聞かずに近藤は日本酒やらハイボール等を飲んでしまい、完全に潰れてしまったのである。

そこで里中は悪いとは思ったが近藤の上着をあさり、財布を見つけると会計をしてしまった。

「勝手に支払いしてすみません」

里中はレシートの裏にメモを書くと近藤の財布に戻し、カウンターで酔いつぶれている近藤の肩を揺さぶった。

「ほら、先輩。帰りますよ」

「んあ?」

近藤は頭を上げた。

「しっかりして下さい、帰りますよ。ほら、立てますか?」

近藤の腕を掴んで立ち上がらせた。

「うん、うん。俺は大丈夫だ。1人でお家に帰れるのだー!」

店内に酔っぱらった近藤の声が響き渡る。一緒にいる里中は恥ずかしくてたまったものではない。

「分かりましたから、そんな大声で喚かないで下さい。ちゃんと聞いてますから」

「うん、うん、さすが俺の後輩。聞き訳がよろしくて結構である!」

赤ら顔でうなずく近藤を見て、4里中はもう二度とこの男とは一緒に酒を飲むのはやめようと心に決めたのであった。

 近藤の肩を貸して歩きながら居酒屋での恥ずかしい顛末を思い出し、里中は頭を振り、記憶から追い払おうとした。

「俺1人じゃ先輩
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  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   2-18 二人だけのお祝い 3

    「じゃーん! 見て、千尋。今夜は腕によりをかけて料理を作ったよ!」渚は笑顔で大袈裟に両手をテーブルの上で広げた。「うわあ……すごい!」千尋はテーブルの上に並べられた料理に目を見張った。トマトソースのラザニアに野菜のグリル焼き、ハーブを効かせた焼き魚にパセリを散らしたポタージュ。どれもが素晴らしい出来栄えだった。「さあ、座って千尋」今夜も渚は紳士的に椅子を引いて千尋を座らせる。千尋がテーブルに着くと、渚は言った。「千尋、今夜はお祝いだよ」そしてワイングラスを2つ並べ、赤いワインを注いだ。「明日仕事がお休みなんだし、たまにはお酒もいいでしょう?」「あ、お祝いと言うことは……面接大丈夫だったの?」「うん、明後日から仕事だよ。さ、乾杯しよ?」「そうだね」千尋は笑みを浮かべて返事をした。「「乾杯」」二人はグラスを合わせた。「家でワインなんて飲むの久しぶり……。普段飲むのってチューハイばかりだったから」千尋はうっとりしたようにグラスを傾けて口にした。「う~ん! 美味しい!」「良かった。千尋に喜んでもらえて」 それからしばらくの間楽しい時が流れたが、やがて千尋は我に返った。「あ、でも待って。本当は私がお祝いする立場だったんじゃないの?」いつの間にか、あれ程あった料理は殆ど食べ終わっている。「ごめん……。今更だよね。もう殆どご馳走食べつくしておいて……」「どうして? だってようやく千尋のお金の負担を減らせるようになったんだから。今夜はそのお祝いなんだよ?」「え? お金の負担を減らすって……?」(まさか仕事が決まったから早々にこの家を出るって言うのかな?)「実はね。仕事も決まったし、千尋に大事な話をしたいんだ」渚は言い淀んだ。千尋は両手をギュッと握りしめて話を聞いている。「言いにくいんだけど……最初に会った時に話した事だけど、仕事が決まるまでの間、住まわせて欲しいって話……無かったことにして欲しいんだ」「え?」「あ~つまり、仕事は決まったけど、ここの家に置いてもらいたいんだ。駄目かな?」上目遣いに千尋を見る。「……」黙って話を聞いている千尋を見て渚は不安に感じたのか、言葉を続けた。「これからはお給料も貰えるから、生活費だって千尋に渡せる。ううん、僕のお金なんて全部渡しても構わないと思ってる」縋るような目で千尋

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   2-17 二人だけのお祝い 2

     渚が面接を受けに行ったすぐ後に千尋も病院を後にした。<フロリナ>に戻って午後も接客や花の手入れ等で忙しく働き、千尋が仕事を上がる直前に渚が店を訪れた。「千尋、迎えに来たよ。一緒に帰ろう?」心なしか渚の声はいつも以上に明るかった。「渚君、迎えに来てくれたの? 忙しかったんじゃないの?」千尋は渚が買い物袋を提げているのを見て尋ねた。「大丈夫だよ、もう食事の準備は出来てるから。これはちょっと買い足してきた分なんだ」そこへ中島がやってきた。「渚君。毎日青山さんのお迎えご苦労様」「いいえ、僕は渚と一緒に帰りたいから迎えに来てるだけですよ」「む……相変わらずはっきりと言うわね。余程青山さんが大事なのね?」「勿論です! 千尋は僕にとって物凄く大切な人です」笑顔ではっきりと渚は言い切った。「おお~。相変わらずストレートな物言いをするわね……」質問した中島の方がむしろたじろいでいる。「な、渚君! 声が大きいってば!」千尋は慌てて小声で注意した。「あ、ごめん。つい大きい声出ちゃった」周囲にいた若い女性客たちも渚の発言が聞こえていたのか、ヒソヒソささやきあっている。「ねえ~聞いた? 今のセリフ」「うん、聞いた聞いた」「羨ましいなあー。一度でもいいからあんな風に言って貰いたいね~」「あの店員の女の子、羨ましいね」すっかり千尋は注目の的だ。(だから違うのに……)千尋は心の中で思った。渚は自分に愛情表現を向けてくるけれども、それはどうも男女の愛情表現とは違うように感じていた。そう、まるで家族。しかも親子関係に向けられる愛情表現のように感じられるのだった。だからこそ千尋も渚と同居生活を続けていられる。千尋自身、渚を一人の男性として意識してみたことは無かったし、多分この先も無いだろうと考えていた。「じゃあ、すぐに帰る支度するからお店の外で待っててくれる?」「うん、分かった。外で待ってるね」渚は素直に言うことを聞くと店の外へと出て行った。「渚君て青山さんの言うことなら何でも聞くよね?」中島が言った。「え? 本当ですか? 私そんなにしょっちゅう命令してますか?」「あ、ごめん。そういう意味じゃないのよ? まるでご主人様と飼い犬のような関係のようなって、あ~私ったら一体何しゃべってるのかしら…!」そこへ一人の女性客が声をかけてきた。

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   2-16 二人だけのお祝い 1

     千尋と渚は病院内部にあるレストランにやってきていた。「うわあ~病院の中にあるとは思えない綺麗なレストランだね」渚は辺りを見渡しながら感嘆の声をあげる。「本当。とっても広いしメニューも豊富で美味しそう」千尋はレストラン入り口にあるメニューを模した沢山のサンプル食品を見つめた「早く中に入ろうよ、千尋」笑顔で渚は手招きし、2人はレストラン中央のテーブル席に座ったが、中々店員がやって来ない。「店員さん、来ないね」千尋は渚に小声で話しかける。「そうだね。僕が直接頼んでくるよ。何だか忙しそうだから」待っててと言うと渚は店員を探し回り、見つけた男性店員に声をかけに言った。そして暫く話し込んでいる。「? 何話し込んでるんだろう?」千尋は不思議に思った。やがて話を終えた渚が戻ってくると千尋は尋ねた。「どうかしたの? 渚君」「うん。実はね、この店オープンしたてで人手が足りなくて困っているらしいんだ。だからここで僕を働かせてもらえないか聞いてみたんだよ。丁度新しい仕事探していたしね。悪いけど千尋、この後面接したいって言われたから先に帰っていて貰えないかな?」「そうだったの。分かった。それじゃコーヒー飲んだら先に帰るね。あ……でも大丈夫? ここからどうやって帰るの? 歩くには遠いし」<フロリナ>から山手総合病院までは車で15分はかかる。歩くには少し距離が離れすぎている。「大丈夫、駅前までバスが出ているから帰りはそれに乗って帰るよ。面接が終わったら一度帰って家の事終わらせたら千尋の帰る時間に迎えに行くからさ」その時、ウェイターが2人の間にコーヒーを2つ運んできた。「お待たせいたしました」テーブルの上にコーヒーを置くと「ごゆっくりどうぞ」と言って去っていく。渚はコーヒーの香りを早速嗅いだ。「へえ~。すごくいい香りがする。中々良いコーヒー豆を使っているみたいだよ」千尋も言われて香りを嗅いでみるが、渚と違って違いが分からない。「う~ん……。私にはあまり違いが分らないかなあ?」「アハハッ、そりゃそうだよ。僕はコーヒーにずっと触れて仕事してたから分かるけど、普通の人には匂いだけじゃ中々分からないと思うよ?」そこから少しの間、2人はコーヒータイムを楽しんだ……。「ごめんね、千尋。一緒に帰れなくて」コーヒーを飲み終えた渚が席を立った。「ううん、

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   2-15 コーヒーの味と花の香り 3

     遠目から里中や千尋達の様子を患者のマッサージを終えた近藤が見ていた。「ふっ、後輩思いの俺が何とかしてやろうじゃないか」患者を見送ると近藤は千尋達の方へ行き、声をかけた。「お疲れ様、千尋ちゃん」「あ、こんにちは。近藤さん」丁度千尋が生け込みの仕事を終了したところであった。「うん、いいねえ~。このお花の飾りつけ。まさにクリスマスって感じがする」赤い薔薇やゴールドに染められたマツカサを取り入れた生け込みはとても美しかった。「ところで、君は誰なんだい?」渚の方を向くと尋ねた。「僕は間宮渚。今千尋の家で一緒に暮らしてます」千尋が止める隙は無かった。それを聞いて流石の近藤も驚いた。「え? えええっ! 一緒に暮らしてる? 千尋ちゃん、確か一人暮らししてたよね?」「は、はい……。そうでした。以前は」「何? それじゃ本当に一緒に暮らしてるわけ? この男と?」近藤は千尋と渚の顔を交互に見ながら尋ねた。「はい、そうです。今は僕が千尋の代わりに家事をやってますよ」すると渚が答えた。「あ、もしかして親せきかな~なんて」「違います、親戚じゃないです」「じゃあ、全く赤の他人……?」「は、はい、そうなんです……」千尋は困ったように返答した。「え~と、渚君だっけ? どうして千尋ちゃんと一緒に暮らしてるんだ?」近藤はじろりと渚を見た。「おい、近藤。お前首を突っ込すぎだろ?」そこへ野口が現れた。「あ、主任……」「青山さんと彼の事にお前は関係ないんだから詮索するのはやめるんだ。それより、もうすぐ次の患者さんが来るんだから準備してこい」「は、はい!」近藤は慌てて持ち場へと戻って行った。「すみませんね。里中も近藤も悪い奴らじゃないんですが」「いいえ、いいんです。全然気にしてませんから」千尋は荷物を手に取った。「行くの? 千尋」「うん、終わったから戻ろうか?」「それじゃ、失礼します」千尋が主任に挨拶すると引き留められた。「ちょっと待って下さい。はい、これどうぞ」千尋に2枚の券を渡してきた。「これは?」「実はこの病院のレストランが新しく改装されたんですよ。そのオープン記念として病院スタッフには無料のコーヒー券が配られたんです。良かったら二人で帰りに寄ってみたらどうですか?」「でも、貰う訳には……」「大丈夫、実は役付きのスタ

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   2-14 コーヒーの味と花の香り 2

    「あの男は……!」その顔に里中は見覚えがあった。(数日前に千尋さんと花屋の前で見つめあっていた男だ!)「あれ~誰だ? あの男。新しい花屋の店員かな? それにしても高身長だし、ルックスもいい男だな。まるで芸能人みたいだ。な、お前もそう思わないか?」お気楽そうな近藤の物言いが何故か癪に障る。現に近藤の言う通り、周囲にいる女性陣から注目を浴びていた。「え? お、おい。どうしたんだよ里中」近藤が止めるのも聞かず里中は二人に近づくと声をかけた。「こんにちは、千尋さん」「あ、こんにちは」千尋はペコリと頭を下げた。「こんにちは」渚も千尋にならって里中に挨拶をしたので、近藤は渚の方を見た。「初めまして、俺はここのスタッフの里中と言います。いつも千尋さんにはお世話になっています」「里中さんて言うんですね。僕は間宮渚です。よろしくお願いします」渚はいつものように人懐こい笑顔を浮かべた。(ちっくしょ……。確かに負ける……)渚の身長は里中よりも10㎝は高いだろうか。当然見上げる形になってしまう。しかも外見も申し分ないときているので嫌でも劣等感を抱いてしまう。そこへ野口がやってきた。「ああ、青山さん。本日もよろしくお願いします」「こんにちは、野口さん。12月になったので今日からクリスマスをイメージした飾りつけにしていこうと思ってるんです」「それは素敵ですね。患者さんやスタッフ皆楽しみにしてますよ。ところでこちらの方は? 新しい店員さんですか?」「僕は……」渚が言いかけると、それを制するように千尋が代わりに答えた。「え、ええ。そんな所です。運搬作業を手伝ってくれたんです。渚君、この方はここリハビリステーションの主任で野口さん」「初めまして」渚が頭を下げた。「ああ、こちらこそよろしく。……おい、里中。お前いつまでそうしているんだ? 早く仕事に戻れ」野口はいつまでもその場を動こうとしない里中をじろりと見た。「あ、す、すみません! すぐ戻りますんでっ!」里中は慌てて持ち場へと戻って行った。 患者のリハビリ器具を取り付けながら里中はフロア内で花の飾りつけをしている二人をチラチラ見ている。よく観察してみると飾りつけをしているのは千尋のみで渚は千尋に花やリボンを手渡しているだけである。(あの渚って男……役にたってるのか?)「……君。ねえ、里

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